森村太郎が作った
伝田郷の由来・想い
初めまして。
現在は、江戸初期の日本の頑強な先人が食べていたビタミンミネラルたっぷりのアルカリ性作物を作るピロール農法を日本中に広める活動をしています。
僕は京都府南部の田園風景が一面に広がる田舎の農家で生まれ、毎晩夕食後は、お爺と時代劇のチャンバラを見て育った者です。
農家だった爺ちゃんが亡くなって3年が経ち、夏の田植えの時期になるとセミの鳴き声と水田に映る夕陽が里帰りすると故郷を、はっと愛おしく感じるのです。
縦横綺麗に苗付けされた、そんな日本ならではの田園風景を形作っている背景には毎年汗水垂らして田を植える農家さんがいます。
それが僕のルーツです。
我々日本人には誰にも言われることもなく、手を合わせて「頂きます」と言う感謝がある。
これが日本人の心のカタチ、精神だと思うのです。
そして全ての日本人に精通する感謝や繋がりは食卓から自身の血肉になり、日々の活力になっていき、その輪が広がれば日本が元気に戻っていくはずです。
それを僕たちは田園風景を見た時に感じる懐かしさと重ね、心が震えるのでしょう。
それを僕は絶やしたくない、
それを世界に伝えていきたい。
その発信源が「伝田郷」なのです。
私、森村太郎について
こんにちは、伝田郷・代表の森村太郎です。
僕は1996年生まれの、現在28歳(2024年時点)出身は京都府の南部にある京田辺市という田園風景が一面に広がる自然豊かな地域で育ちました。
中高は6年間サッカー部に所属し、特に好きというわけでは無い中、6年間つづけました。
高校を卒業後、アメリカに1年、フィリピンへ3年留学した帰国後、建築専門学校を卒業し設計事務所に就職。
建築関係の仕事も特に好きというわけでは無く、淡々と日々を過ごしていました。
そんなある日、突然祖父が亡くなりました。一丁もの田圃を残して。
こんな紆余曲折を経て、今ようやく自身と向き合う事になりました。
僕は森村家の十四代目長男。
この一丁もの田圃を担っていかねばならない。やった事も無い農業を、、、
しかし!!!
どうせやるなら、楽しくやってやろう!
健康に特化したピロール米を世に広めたい!
農業を通してたくさんの人と繋がりたい!
様々な気持ちが行き交う今、自身の生まれたルーツを大切に思う。